はじめに
1. 病理組織診断に於けるマクロ標本の取扱いの重要性

病理診断が医療の実践上において極めて重要な役割を果たしていることは言うまでもありませんが、それだけに病理診断の精度の維持と向上のためには各種の面での配慮が必要です。特にその中でも病変部から採取、切除された臓器・組織検体に関わる肉眼所見の情報と、その取扱いが最も大切な部分であると考えています。その理由は大きく分けて2つあります。まずひとつは、病理組織診断はそれが単独で絶対的な意義を持つものではなく、常に各種の臨床情報と総合的に評価されるべきものであり、特に内視鏡、画像診断との対応が可能な病理組織所見を把握するためには、由来する検体の肉眼所見を念頭において組織診断を行うことが必須であるからです。いまひとつは、そうした組織学的検索が正しく行われるには、その目的に叶った適切な組織標本が不可欠で、そのためには組織切片標本の作成技術は言うまでもありませんが、その前に摘出、切除された検体臓器や組織の細胞の変性を最小限に抑えて、できるだけ生体内に近く、人為的な変化のない状態で組織標本として観察できるようにすることが必要だからです。

癌で切除された検体に関しては日本病理学会やその他の学会が発行する「取扱い規約」に取扱い方法が記載されています。当マニュアルの各臓器の項も基本的に取扱い規約に沿って書かれています。

2. 固定

組織標本作製法の項にも書いてありますが、断端や腫瘍の広がりを調べるにあたっては検体が適切に固定されている必要があります。
1) 十分量の固定液を使用する。
10%ホルマリン(約4%ホルムアルデヒド水溶液)であれば検体の20倍量の固定液が必要とされています。
2) 狭い容器に詰め込まない。
検体が変形します。
3)  幅は2cm以下
ホルマリンの浸透速度は最初の1時間で3.6mm、25時間で18mmとされています。

3. 安全性

1) 病理に提出される検体には肝炎ウイルス(HBV, HCV)、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)、結核菌等の感染性病原体が含まれる可能性があります。多くの場合は術前検査により感染症の有無がわかっていますが、必ずしもそれが病理検査申込書に記載されているとは限りません。全ての検体に感染性病原体が含まれているという前提のもと検体は取扱いましょう(スタンダードプレコーション)。例えば、脾摘出術の検体ではC型肝炎が合併していることが多いため、固定前の割入れには注意しましょう。固定を促進するための割入れは表面を少し固定した後の方が安全であり、割面の膨隆も防げます。

2) 感染を予防するためにはグローブ、エプロン、マスク、帽子を着用しましょう。使用済みのブレードや血液の付着したものや感染源となるようなものは分別して感染廃棄物用のゴミ箱に捨てましょう。周囲の人を守るためにも、感染を広げないようただちに廃棄してください。捨てられないものはすぐに滅菌・消毒しましょう。刃物を扱うので体調が優れないときに行うのは危険です(未経験者はよく左手の人差し指を切ります)。

4. 切り出しの基本

1) 名前とIDの確認
検体を取違えることのないよう随時名前とIDを確認しましょう。

2) 検体のオリエンテーション(方向性や位置)
申込用紙には手術を行った目的や検体の説明、切り出しに関する要望が記載されているのでよく読んでください。検体に関して不明な点は提出医に聞くのが確実です。例えば経尿道的前立腺切除術の検体で脂肪組織が認められたら、穿孔の可能性があります。

3) 計測と肉眼所見の記載
腫瘍径と浸潤の範囲は腫瘍性疾患を分類し追加治療を考える上で重要な数字となります(pT分類)。腫瘍径は最も長い距離(長径)とそれに直交する最も長い距離(短径)で表現します。国際対がん連合(UICC)のTNM分類では原則的に未固定の標本で測定した、浸潤部の長径が使用されます。各臓器のpT分類の測定方法に関しては取り扱い規約をご確認ください。

4) マーキング
一旦、切り出しを行った後その組織片のオリエンテーションを最構築するのは困難となる場合が多いです。切りだし前に断端部位にインクを塗ると切り出し後でも明瞭であり、スライドガラス上でもインクが確認できます。様々な色がありますが、切片上は暖色系(赤や黄)より寒色系(緑や青)の方がわかりやすいと思います。塗る場合は綿棒を用い、コンタミネーションを避けるため、ビンに戻すことなく一回ごとに廃棄します。固定前に塗るほうが落ちにくいのですが、その場合は感染を広げないよう十分な注意が必要です。インクが乾燥した後に5%酢酸を噴霧すると、落ちにくくなると言われています。

5) サンプリング
病巣部、非病巣部、断端からサンプリングします。コンタミネーションがないようにメス刃やまな板を交換するなど工夫しましょう。刃の入れ方やサンプリングする数にはいくつか経験則がありますが、臨機応変に対処してください。
(1) 固定前に入った割面には直交
(2) 細長いものは輪切りにする
(3) 割面は全て平行にする
(4) 充実性腫瘍は長径のcm数と同じだけブロックを作製する(例えば3cmなら3個)

手術後の治療方針を考える上で、リンパ節転移の有無が多くの臓器で重要となります。腫瘍の周囲のリンパ液が流入するリンパ節を領域リンパ節あるいは所属リンパ節と呼びます。転移のある領域リンパ節の部位、個数、転移巣の大きさによってリンパ節転移は分類されます(pN分類)。なお、UICC-TNM分類では腫瘍が領域リンパ節に直接浸潤している場合もリンパ節転移として扱います。領域リンパ節以外のリンパ節転移は、遠隔転移と見なされます。

確認
検体のオリエンテーション(方向性や位置)
計測と肉眼所見の記載
マーキング
サンプリング

臓器別切り出しマニュアル

はじめに
第1. 消化器系
第2. 呼吸器系
第3. 泌尿器系
第4. 女性生殖器系
第5. 男性生殖器系
第6. 内分泌器系
参考文献